富山ハイキングクラブ 自主企画
赤谷山を越えて
2005年9月18日(日)薄曇
<参加者・3名>
L小川 SL波間 菅田
記 録: 菅田
上市町役場4:00→白萩川取水口4:55〜5:05→小ブナクラ谷出会い5:20→大ブナクラ谷出会い6:30→沢出会い6:40→戸倉谷出会い7:10→
ブナクラ峠8:00→赤谷山10:25〜11:00→しゃくなげ岩屋A11:15〜40→頂上12:00→本ルート探索→ルンゼB→稜線を左トラバースして稜線@へ→
稜線右下の池(南北40m)12:20→赤谷山頂上12:50〜13:00→ブナクラ峠14:40→戸倉谷出会い15:35→取水口17:20
コメント&撮影:小川
赤谷山以南の北方稜線、赤谷山から踏み跡があると言う。されば、涼しさのましたこの季節、老骨に鞭を打って、
劔北方稜線を眺めながら、その緒口を実地に探ることにした。
西に傾く大きな満月に送られて、取水口を早立つ。谷の水も少なく楽な渡渉、沢伝いの道も殆ど乾いて、順調な
出足だったが、最後の水場、戸倉谷をうっかりそのまま通過している。02年7月末日に来た時は、ブナクラ峠以南
の東斜面(黒部側)の各ルンゼにもタップリと水が流れていたが、今日は一滴もない。小野田さんや故横井さんを
偲んで、ボーフラはわいていないが、昆虫の羽根が浮く池塘の淡く色づいた水を予備とするやら、クロマメの木のた
わわな実(山のブルーベリー)や木いちごを菜食するやら、頂上で帰途につく登山者の水を融通してもらうやらして、
飲み水の不足を補う。
劔北方稜線の見晴らしが良い頂上稜線では、大型乾板3台はじめ、テントを張った数名がカメラの放列を敷き、
更に小松から来たという石川労山所属のクラブ員ら10名足らずが、霧の切れ間の劔を待っていた。
放列するカメラ

われわれの探索には、水橋からの熟年氏が戸倉谷出会いから、道連れで加わり支援してくれる。
頂上からは、幾筋かの踏み跡があり、一番濃いものを白萩山に向けた稜線@に辿ると、テントを数張り張れる広さの
通称「しゃくなげの岩屋A」に出た。徘徊しても、残念ながらそこが行き止まりであった。
岩屋Aの入り口 岩屋A付近で

頂上にもどり、探索を1時間延長して、ルンゼBに下る踏跡を選ぶと、ルンゼの途中で白萩山への稜線@の東斜面を
トラバースする微かな踏跡を認めた。残り時間が少なく、トラバースを早めに切上げて、稜線@に藪漕ぎ、稜線から西斜
面を5mほど下って、南北40mほどの池Cで周辺の眺望を楽しむ。目測で標高差20mほど高い位置に岩屋Aの大き
な岩を認める。後述の水口氏は、この池Cで、渡りの鴨、数羽が遊ぶのを見たと言う。
手前が白萩山、左から赤ハゲ、キレット1、稜線P、キレット2
ルンゼBに下る踏み跡 右に白ハゲ、いずれも白萩側が切れ落ちている。稜線@から

池に立った一瞬、霧が晴れて劔、そしてその北方稜線、稜線@からは池の平山、白ハゲ、白ハゲと赤ハゲの間の
二つのキレットを眼前にする。「来た甲斐があったちゃ」ブナクラ峠ルート処女航海の菅田さんが、あまりの幸運に
歓喜している。
雲間に顕わ、劔と北方稜線、手前が白萩山、
劔をバックに元気です! 中央奥は池の平山 稜線@で

ブナクラ峠からの帰途は、戸倉谷でくつろぎ、堰堤に近い沢付近で、通称「岩屋Dの霊(冷)水」を心ゆくまで甘露する。

水橋から来た熟年氏と談笑する波間さん、
猫又山日帰りの青年(左)とも、堰堤~ブナクラ峠の往路、
復路で交歓、帰路の戸倉谷出会いで
登山口の取水口に着くと、尾沼新道、ブナクラ峠からの猫又山&赤谷山ルート、白萩取水口から大猫山、毛勝
西北尾根はじめ、数々の登山道の開発や修復に今も努めている、ブナクラ峠修復グループ代表、水口武彬さん
に出合う。 そこでの氏の話を要約しよう。
1)赤谷山から大窓までは、11~12年前に道をつけたと記憶している。
2)赤谷山と白萩山の鞍部は、雪が遅くまで残る為、草付きが多く、稜線をまたいですり鉢状をなす。
道(踏み跡)は黒部側(東面)の草つきをトラバースして白萩山に辿る。白萩山から赤ハゲは2重山
稜をなしており、道はその真ん中の谷を通過する。要所に支点とロープなどを残置しており、これは
利用できよう。それらは折にふれて見ている。山を診ることができる「山や」には、微かな踏み跡を
辿るのも比較的容易だが、それでも草付き、ルートファインデングの時間を、度々取らねばならず、
赤ハゲまで片道、2時間を要しよう。
3)赤ハゲと白ハゲの間は、主に黒部側の草つきをトラバースする。それほど問題はなかろう。
白ハゲの頂上は花が多い。
4)白萩山(2269m)から赤ハゲのピークへ目指す時、右に回ると、岩の角が鋭利で帰路に使うのは危険な
要素がおおすぎる。
5)2〜4)を通じて、白萩側に迷い込まないようにして欲しい。迷い込むと、先ず帰れまい。
6)当時、大窓から白萩側に下る道もつくったが、無雪期の白萩側は、岩石が不安定で、身のほど以上
の大岩がズルズル、小石がピューン、岩石がブーンと唸りをあげて飛びかう。しかも、雪渓の状態や
位置が毎年著しく変わる。死者が頻出し兼ねないと、魚津岳友会・佐伯邦夫氏らとも相はかって、開通
は断念した経緯がある。
*注意:以上の1−6)の要約に誤りがあるとすれば、筆者の勘違いによるもので、氏の責任にない。
又、この情報に基づいて行動されたとしても、筆者や当HP及び当クラブはその責任を一切負わない。
ブナクラ峠から赤谷山へのルートは、正式な登山道としては認知されておらず、まして赤谷山以南は
踏跡さえはっきりしない。赤谷山までのルートを含めて、これらのルートは、読図ができ、自身の体力と
技術が伴う人たちのみに許される領域だ。 登山は総て自己責任、自己責任に基づいて行動されたい。
今ひとつ付け加えておこう。
氏は、「赤谷山頂上付近でのテント張りは、植生を著しく痛める」と憂慮している。
前述の岩屋A(頂上から約100m)に降りて、テントして欲しいそうだ。
帰り道、ブナクラ峠に下りるまでに、後続の赤谷山登山者、3〜4グループ、10数名と交わしている。
どこでテントを張るのであろうか。
以上