富山ハイキングクラブ

残雪の大地山  
象背のような急尾根、大きな頂上 それでいて粟田も黙る厳しさ!

2002年3月30日(土)9時頃まで霧雨、以降曇り時々薄日

参加者
L小川、SL飛田、SL根建、山村、柴田、粟田、浅野、川口、及び仲井の9名 (平均年齢57.5才)



記録感想:小川清美
事務所5:20〜アルペン村黒部6:10〜夢創熟(取付き)6:50 
入念なストレッチと留意事項・役割分担確認の後出発7:00〜
標高500(イワウチワ群生満開,カタクリの蕾緩む)7:50〜638米Peak(以下P)
8:15〜734P8:55〜796P9:00〜838P9:20〜980P10:10〜1090P
10:30〜頂上10:50〜11:30〜1090P11:55〜834P12:10〜734P
12:35〜地図にない未確認Pへの足跡に、暫しトレースを戸惑う12:40〜
夢創熟14:00〜バタバタ茶の塾長夫妻お手前のモテナシに談笑して解散15:00 。


 先週638米までルート探索した根建さんをトップに、予報の向好天に託して、
霧雨の中を出発、いきなり、杉林次いで雑木の切開きをほぼ尾根に沿って急登する。
落葉がクッションになるが、要所要所虎ロープであるが誠に滑り易い。この山行きで3名、
延べ5回、主に下りで尻餅を経験したが、ハインリッヒ経験則を適用できるとすれば、
この山、この条件下、それほど弱くないこの老熟らにして、60回の山行きで1回のヒヤリハット、
事故と紙一重を経験する確率になる。因みに、本会の1年あたりの山行回数は、
自主を含めてほぼ120回(2001年、事故3回)に達する。


 標高600米でやっと雪、腐っている。トップを初雪山までの春山を経験した
飛田さんに交代する。アンカーは終始、Lが勤める。壷足。630米は、意識せず通過、
734P附近では、荒戸谷からのせせらぎ、相の叉谷からの工事の槌音が共鳴、
ミズナラがブナ林に代わり、796Pに掛けて痩せ尾根に変わる。南面に向けてセッピの形跡、
そして900米を過ぎた辺りからは、強い吹き溜まりも数多く加わり、この山の風の強さを顕す。


雨は止んだがガスがかかって、眺望に欠ける。標高が1000米近くになると、象の背骨のような
急だが広い尾根が頂上まで続く。雪面の様子から見て、今日は風がないが、風の強さは物語
っている。凍結では、かなりのアイゼン・ピッケルを強いられよう。事実、「元ちゃんの山歩き」
平成11年3月1日の実録によれば、「頂上はピッケルの先も刺さらない位カチカチ」とある。


その頂上は、鏡餅をなぞらえたようにどっしりと広い。予定より早いお着きで、鞍部に下り、
1143及び1223の各ピーク踏破も時間的には圏内だが、ガスがかかっていては、
方向感を失い急峻な相の谷などに迷い易い。次ぎの機会に譲る。ガスが解けて、
一瞬、南東の方向に、初雪山そしてその連山の大スクリーンが迫っていた。


 総じて、この山大地は山体が大きく、標高以上に迫力があるようだ。快晴では迷うこともなかろうが、
似通った位置に、同じようなピークが前後左右に連座していて、ガスの時は、見分け難い.然も、
谷が深そうだ。734米辺り(ダブル叉はトリプルP)では、水平距離で大凡250米離れて、
異なる相の叉ルートからの薄い足跡を見た。我々も734P附近で、相の叉に至るであろう
未確認ピークへの薄い足跡に出くわし、往路のトレースを一時見失っている。
幸い、飛田さんはじめ、諸賢のルートファインデングで事なきを得た。復路のトップは、山村さん。
600米からの下りでは、軽アイゼン、或は滑り留めを施した人もいる。


 下山すると、夏道の電話指導でお世話になった
長崎喜一さん(夢創熟長、県山岳連盟副会長)ご夫妻が、アサツキ播種の手を休めて、
氏の茶室に招き、自家製炭の茶釜、手作りの抹茶碗、根曲がり竹から作ると言う自家製の
茶筅を「カタコト」と鳴らして、バタバタ茶をふるまう。縦1.2米、横1.8米の窓は南に面して、
四季折々の朝日岳を楽しむ、借景式額縁になっている。この日も薄日に、朝日岳が輝いている。
「おらの山に道付けたがでしちゃあー」、氏を囲んだ趣味そして山談義は尽きる筈もない。
「大きな小屋も今年つくるから叉来られ」屈託がない。正式記録・感想は川口さんに待つ。


以上