富山ハイキングクラブ (自主企画)

       < 長野県側から南アルプス南部主稜核心を行く >

 易老岳(2354m)、光岳(2591m)、茶臼岳(2604m)、上河内岳(2803m)、

       〜南岳(2702m)、奥聖岳(2978m)、聖岳(3013m)大縦走

2005年7月16日(土)〜18日() 

メンバー
 L池内、SL東、Ma淺野(弘)、土地、川口、仲井、小川、以上7名

第1日(16日)くもり
 滑川IC3:05→上越高速経由→飯田IC6:35(高速走行336k)→国道256、152など経由して易老渡(国道を含む一般道で走行約70K)8:30〜9:00→
 面平附近(1430m)10:50→昼食11:45〜12:15(高度計で1700m)→分岐(易老岳まで約10m)14:40→展望地P(2310m、携帯可の標識)15:05〜20→
 三吉平15:50→静高平16:40→光小屋17:05

第2日(17日)薄日
 光小屋5:00→光岳5:15→光石5:22→光小屋で朝食5:55〜6:30→三吉平7:30〜40→展望地(携帯可標識)8:10→易老岳8:45〜8:55→
 喜望峰(仁田岳との分岐)10:25→茶臼岳11:15〜20→茶臼小屋への分岐11:30→ハイジーの丘分岐11:35→草源で昼食11:55〜12:20→
 上河内分岐13:20→上河内岳13:40〜45→上河内分岐13:55→南岳14:25→聖小屋(水洗バイオトイレ)15:30→夕食17:10

第3日(18日)晴
 朝食4:30→聖小屋発5:00→薊畑分岐(荷物デポ)5:25〜35→小聖岳6:10〜15→聖岳と奥聖岳分岐7:15→奥聖岳7:35〜8:00→聖岳8:00〜20→
 小聖岳8:55〜9:00→薊畑分岐9:25〜40→荒れた廃小屋11:55→西沢渡篭の渡し12:10→遊歩道で便ヶ島12:50〜13:30
 登山者の車に便乗し易老渡から車を回収して→飯田市営健康ランド併設温泉「ホットアップル」15:55〜17:05で寛ぎ帰途に。

記録、撮影&コメント:小川、コースタイムを淺野が補筆



 とやまHCでは、カモシカ並の快速を誇る円熟のみなさん(と言っても、還暦祝い登山の男女3名が一番若い)に、
法律上はただ一人老年、最高齢67歳の小生が紛れ込んだのは良かったか悪かったのか。
標高差(易老渡〜聖岳)は2130mだが、累積標高差は、主要峰の登り降りだけで概算しても+−4200mを越える。
休憩を除き、第1日はワンピッチ35〜40分だったが、2日目は約50〜55分、第3日は森林限界(2500m)を越えた
聖岳へのガレ場ジグザグ、急な登り降りにも係らず60分、薊畑分岐からのガレ場、木の根跨ぎ連続の急降下は、
ワンピッチ1時間を越えている。それでも女性群は、身軽に先を急いだから驚きである。


 Maが率先した計画コース取りは非常に良い。 体力に不安のある向きのとやまHC一般には、例えば、このコース取りで、
茶臼小屋泊を加えて3泊4日、1〜2割増しのコースタイムを薦めたい。ところで小生、最近は週1回の水泳もズボラし、
ごろ寝しているから肥満気味、それに加えて2週間振りの登山だ。長駆に備えてスポーツタイツを試用したが、睡眠不足も
加わって第2日目がこたえた。第3日にして漸く回復に向かったが、回復はその兆しに過ぎなかったようだ。
 オリンピック級の男子マラソンランナーが語っている。「3ヶ月休めは、ただの人」と。米国に家族を連れてスポーツ留学
経験のある高岡短大・立浪教授(化学系大学を同じくする後輩だが、今は小生懇意の医者でないスポーツドクター?)は、
「2日休めば元の木阿弥」と更に厳しい。間段なく山は山で育み、平生から備えることの大切さを思い知らされた次第である。


 さて、コースを振り返って見よう。沖縄諸島を通過した強い台風の好影響で、我々が南下するに従い、梅雨前線が遠のくか
蹴散らされて、梅雨の時期にしては、程よい好天に恵まれた。飯田ICを離れると行き先標識は、非常に少ない。国道152号を
南進し上島トンネル辺りで漸く「聖岳登山口」とあり、左折してトンネルの上を行く。舗装はしてあるが、くねくねした細い林道、
路傍に崩落の石がゴロゴロし、道路は谷川の遥か上を走る。黒部下の廊下でも要所に標識があるが、ここでは道路分岐でも
標識はないか心持たなく、心細い限り。やっとの思いで易老渡に着く。早く着けたのは、地図を読み取る非凡な仕掛けがあり、
伝達の早いLの脳構造と神経組織のお陰。易老渡とは良く言ったもので、遠山川を鉄橋で渡ると登山道が始まる。
急な道を折り返して高度を稼ぎ、下草の多い植林帯、小石混じりの急坂と続く。自然林と植林に囲まれ、明るい面平に出て
ホットする。

  自然林と植林の混林 面平で              ホット一息                     シラビソ帯
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 岩場を過ぎ、倒木の多いシラビソ帯を一気に登ると易老岳分岐に着いた。分岐を10mほど離れて易老岳の三角点があった。
御料局とあるのは、徳川時代をはじめ、明治、大正、昭和と受け継がれた大井川源流開発の名残であろうか。


 御料局三角点、光岳にも御料局とあった      枯沢にウラジロナナカマド              冷たい湧き水
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 鞍部の三吉平を過ぎると、枯沢の道を登る。ウラジロナナカマドの白い花に和む。静高平に、易老渡からは唯一の水場の
湧き水、量は少ないが実に爽やかで冷たいミネラルウオーターだ。これでの水割り、脳裏を霞む。
 木道が敷かれたセンジガ原に花を期待したが、花期の終わった?ツガサクラ類、ヨツバシオガマ、ハクサンチドリ、
ミヤマキンポウゲ、ミヤマキンバイ、シナノキンバイ、ハクサンフウロ、チングルマ、タカネノバラ、これらはところどころで、
北アルプスで馴染んだような大群落は非常に少ない。これは第2日の上河内岳までも同様に花の大群落は少ない。
目立つのは、茶臼以降のキバナシャクナゲの群落であろうか。

                                花の少ないセンジガ原
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 センジガ原の延長に新装なった静岡県営、電気焼却式のトイレ(文登研・大日前進基地も同じ様式)を完備した光小屋
があった。午後3時前に到着した65歳以上3人以下のグループを除いて、原則、食事を出さないそうだが、自称65歳以上?
数人が、翌日の弁当を含めて、おばさん手作りの食宴を楽しんでいる。
19:30で消灯、今日は客が少ないのか、一人一畳以上を占有して寝袋にもぐりこんでいる。




 第2日は、光岳、光石をピストンする。光岳は白く光る石灰石で、かっては、珊瑚が群落し、海底であったことを示す。
南アルプス全体は、海底が隆起したもので、今もなお、侵食途上にあり、谷底は益々深くなると言う。まして酸性雨なら、
炭酸カルシュームが主成分の石灰石は、塩化カルシュームなど水溶性のカルシューム塩と炭酸ガスに霧散し、一溜りもあるまい。


                光 石                          光石での花、名前は? 
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 小屋から易老岳までは往路を辿る。熊であろうか、シラビソの樹皮が無残に剥がされ、丸裸、その肌にも深い爪痕が残っている。
そのシラビソ帯を過ぎると希望峰、ここから以降は、吹き飛ばされるような冷風に悩まされるが、主稜線歩きで展望が誠によく、
冨士山は遠望、茶臼では南アルプスの山々を一望する。茶臼を過ぎ亀甲石(土)が点在する平坦地は、かなり広い草原だが、
花の群落は相変わらず劣る。続く「お花畑」に花を期待するのも無理のようだ。例外の群落は、イワツメクサ、タカネツメクサ、
至るところの行者ニンニク、キバナシャクナゲだ。

    主稜線は展望が良い            花の少ない草原 上河内岳が近い        行者ニンニク 草原で
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 「ハイジの丘」は迂回する。「ウスユキソウを見たからいいわ」、わが女性陣は、アルプスの少女になった。
切迫する上河内岳はデッカイ。その頂上からは、聖岳や赤石岳、悪沢岳が肩を並べる。

            上河内岳で
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                                        肩を並べる兜、聖、悪沢、中央前方は圧巻聖岳、上河内岳から

 上河内分岐を下ると東面がやせ尾根の急斜に喘ぎ、平坦な南岳で息をつく。南岳から下る南西斜面は、登山道まで崩壊が
追っており、ツワモノ軍団も吹き飛ばされないように、黙々と通過せざるを得ない。


珍しい花 名前は?南岳を下って    シナノキンバイとハクサンチドリ、南岳を下がる稜線で    道の際から崩落
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 続いて小ピークの左を巻くが、旋回して下っていると錯覚して、聖平小屋が見え隠れしても、実に長く感じる。
光平小屋でも、ザックを下ろすと、クッキーとホットなお茶が出たが、この小屋に着くと、クッキーは自製、
同じ作法が手形のように出た。聖小屋の作法が他の小屋にも伝播したとあるじは苦笑する



 第3日、4時半の朝食は有難い。若い従業員の明るく親しみのある応対が嬉しい。山女魚の唐揚げを馳走になり、
ご来光を拝んで小屋を発ち、早々に薊畑に向かう。

                                 聖小屋からの日の出
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 標高2500辺りを過ぎると、シラビソーダテカンバの混林がハイマツに代わり森林限界を示す。小聖からは、ドス黒く深い
侵食が続く、目の当りの崩落地を通過、聖岳がグングン切迫する。然し、ガレ場のジグザグに変ると、これは心臓破りだ。
和みは花、一握りというべきか、イワベンケイ、ミヤマダイコンソウ、ヨツバシオガマ、ミネズオウ、イワツメクサ、タカネツメクサ、
ミヤマキンバイ、ミヤマキンポウゲ、ハクサンフウロ、ハクサンチドリ、ハクサンイチゲ、シナノキンバイ、花を準備中のトウヤク
リンドウ、アオノツガザクラ、ツガザクラ、花には早いホソバトリカブトなどが点在した。2700辺りでチョウノスケソウを見る。
「その時写せばよかった」、帰路では、後の祭り。

           小聖岳で
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                  小聖から聖岳を望む                   崩落帯を往く
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 小聖、奥聖、聖岳で見かけた馴染みの花
   ハクサンイチゲ 奥聖への稜線で         ミネズオウ、奥聖への稜線で
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                        ミヤマダイコンソウ 聖で               イワベンケイ 聖で

 奥聖はピストン、前聖、奥聖は、素晴らしい展望台、南アルプス南部はもとより、中央アルプスや北アルプスも微かに遠望できる。
雲が頂上から上がって、富士山は噴火しているように見える。恵那山も大きかった。

    分岐に向かってガレ場を往く           分岐から奥聖に向う               冨士山頂から湧き上がる雲 奥聖で
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                                    聖 岳 で
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復路はカモシカの如く先を駈けたのは女性陣、篭の渡しでも力強く余裕の「ヨイショ」篭を引いて、便ヶ島遊歩道に継ぐ。
                力強く「ヨイシヨ」                     便ヶ島遊歩道
         hkhj25358.jpg      hkhj25360.jpg  おわり