2001年ハイキング講座 実地
富山ハイキングクラブ

日時 : 3月17日(土)〜18日(日)

場所 : 西穂高独標

内容 : 雪山のピッケル・アイゼン・ピレイ確保

講師 : 教育安全対策部会 : 飛田

参加者 : 10名 



西穂独標リベンジ、ホワイトを仲間のファイトと絆で切抜け

 薄曇りの3月17日(土)、7時過ぎに事務所を5名で発つ。
41号線からの漆山が際立つ。栃尾に入る頃には焼岳、新穂ロープウエーの
窓からは、東に独標・西穂と続く穂高連峰、頂上駅からは西に白山、東に穂高
連峰のみならず、槍へと続く峰々、北には笠岳が、臨場溢れるばかり。
新穂頂上駅から1時間20分のアイゼン走行で11時頃には、西穂山荘のテント場
に着く。
小人数では傍観する手管もなく、ピッケルで凍結した雪を掘り起こし、スコップ
ですかさず床を均す。分担であっけなくテント設営を完了、午後からは雪上特訓を
期待した?が、峰々がアットいう間に、視界から消え、横殴りの地吹雪に豹変する。
外での訓練はない。こうと決まれば、速い。飛田さんのピレイ・確保の机上訓練、
ピッケルで掘起こした雪を溶かして、5リットル少々の飲料水を用意してからは、
コテツちゃんあり、焼肉バーベーキューあり、各自持ちよりのツマミありのミニバー
が出店した。サッポロ、キリンの缶ビール、ネジ蓋付きのビールアルミボトルは、
和洋の酒に詰め代わっている。シーバスリーガルの天然氷割も格別、白鹿は、
燗も冷酒も旨い。ワインも自由。「私飲めないのよ」は、マンジュウ怖いの類、
飲むほどに、飲むほどに飲み干している。明日に酔いを残さない為に、8時には
消灯するが、朝までアラレのように、バチバチ、ピュ−ビューと地吹雪がテントに
こだましてイビキを打消す。


18日は、5時半起床、7時40分過ぎにテントを後にする。横殴りの地吹雪で
10米も視界がない。赤い外套の登山者も見え隠れするが、踏み痕が掻き消され、
然も交錯して、ルート探索は、テキバキした藤沢リーダに頼るしかない。
9時過ぎに独標直下に着く。
 普通ならば、岩に先ずスリングで固定するが、今はロープを直接岩に結び、
そこからセルフピレイを取り、エイト環で確保する。藤沢さんにして、ビレーと
確保に、一瞬、戸惑ったと言う。飛田さんがピッケルを打込みながらリードする。
水平距離約40米を、ロープにプルージップで結ぶ。氷―新雪が岩面に張り付いた
急角度に直面しては、プルージップの制動と引上げを、「ヨーシ」と入念に指差呼称
して、点検する面々も、真剣、実践そのものである。各自がプルージップで登り終え
たのは、小1時間を過ぎていた。ロープの終点、そこに、独標があった。


 他の登山者達もピッケルを打込みながら、這いつくばって登ってくる。中年の夫婦?
が細くて短いロープでアンザイレンして、下山したが、一方がこけたらどうなる事かと
身震いする。大方の登山者は、そのロープさえ使っていない。
「危険そのもの、近頃の登山者気質が変わった」と飛田さんが嘆く。
 10時過ぎに、プルージップで下山を開始する。テント場から独標直下までの行程、
登る往路は、それ程感じなかったが、復路では、砂粒のような雪粒がサングラスの
内側まで、下から叩きつける。グラスを外すが、2-3歩先の足跡が掻き消され、
視界は真白、高低差を失う。これも所謂ホワイトであろうか。ピッケルが正鵠を
得ず、アイゼンが新雪で効かない。着地した足元からズルズルと滑る。
 吹雪の割に、寒さは、それ程感じない。それでも各自の眉にツララが下がり、
眼だし帽や外套の襟は、吐く息が氷結して、樹氷のようだ。日帰組3名の到着と
ほぼ同時、11時半頃には、テント場に着いたが、「アンタ達、南極越冬隊のようね」
と瓶田さん。
 尾根筋まで30分程出かけて、2000超級の冬山を経験した日帰組と合流して、
13時には、山荘を発つ。時折、陽が射す。一瞬、西穂が見え隠れする。重そうな
三脚を取り出して、シャッターチャンスを狙う登山者もいる。14時過ぎには山頂駅
に着く。今回の山行は、ホワイトとファイトに尽きる。「退却も覚悟、山荘まで到着す
れば上出来」と決めていたと明かす飛田さん、成功は、信頼出来た仲間の絆で、
感謝する。


正式な、記録と感想は、松本女史と佐伯元信さんに譲るが、乞御期待。
テント組:藤沢、飛田、松本良、佐伯、松本ク及び小川、
日帰組:友人同伴の河上、瓶田。(以上、参考記録は、小川。)

 

以上