富山ハイキングクラブ(自主企画)
早乙女岳を越えて大日岳(2051米)

2002年4月28日(晴時々曇、爽やか日和

メンバー:L藤沢、SL小川、佐伯(元)、及び浅野 4名(記録感想:小川)

記録
上市役場5:10〜小又川出会い(現地パトカーから遭難救助中の報)間もなくの林道封鎖地点、
標高680米で駐車(コット谷出会いまでは、ブルで除雪済みでデブリもなし)5:55駐車地点南
50米の谷筋(僅かな残雪)を直登〜750米の林道6:15リンドウ沿いでは、クズバ山も見え隠れする。
〜コット谷出会い、6:45〜一の谷出会い7:10 大日稜線のセッピを遠望〜鞍部に近い最後の
水場8:20〜早乙女―大熊鞍部9:05 1800米地点までは、毛勝3山、剣はもとより白馬、旭岳も
見える眺望絶佳、穏やかな好天、1800米過ぎから薄日。
〜2020米地点11:15〜11:35(昼食 、大日に向かう稜線は見えるが、剣は霧で見え隠れ)
〜2150超、山神尾根が交叉する平らな地点12:10 藤沢さんが,早乙女に引返し、登頂組の後見役。
ハイマツ樹林帯からセッピ北端まで、斜めに、浅いが幾本もの長い亀裂(クレパス)が走るようになる。不気味。
室堂経由、奥大日でテント泊,下山して来た松下電工魚津の4人組パーテー、大日から1時間かかったと言う。
彼等の足跡をやや樹林帯にとり、以降安心のトレース。〜2300地点12:45、2300を越えた辺りで、
毛勝山直下並、吐息の急登が2箇所あり。〜2498の三角点13:40〜頂上13:45〜14:10、赤い大日
小屋が眼下、中大日―奥大日の稜線鮮やか。走馬灯のように見え隠れする剣も良い。
〜2300米 14:40〜2200 14:50〜早乙女岳15:00〜鞍部15:40〜コット谷出合16:45〜駐車場 17:30


感想
4月末から5月初めの大連休は、例年、総じて穏やかな天候ながら、淡い新雪を伴って1−2回、
一過性の崩れや急怜があるが、
天候をある程度予測できて、気力充実すれば、大方、幸いすると思う。
小又川から早乙女5回目、本会入会からイチ(2000)、ニイ(2001)、サンで漸く大日岳の頂上を踏む(小川)。
前後の好天が幸した。今日は誠に穏やか、早乙女から大日までの稜線は、薄日ながら眺望も良く、
風も和いでいる。トレースにも恵まれている。
正鵠は、四季の道、佐伯元信氏の記録・感想に待たれたい。


以下は、その日におきた遭難捜索余談
昨27日は、霧か霞か、早乙女を経由して大熊山から単独で下山途中、早乙女―大熊鞍部への分岐支尾根を失い、
千石川への主尾根をそのまま下って、(男性、45才)が遭難する。家族から捜索願が出て、今日28日は、早朝から
早乙女―大熊、一帯をヘリが何回となく旋回して、地上の救助隊と共に、幾度とない呼びかけをこだまする。
鞍部から早乙女側に向かってやや登った平な地点にも、頑丈そうな若いアンチャン達が4人屯している。
「ワシラ富山HC,アンタ達、何処から?」「警察のもんですチャ」。
そう言えば、時々、長く尾を引く甲高い奇声は、業務上であったか?そして、赤ペンキの噴霧が、ヘリ緊急着陸地点
の輪を素描している。我々が着いた直後、警察無線が騒ぎ出した。第一報「見つかったアー。」
「きのうの晩のエライ冷込みで、命ものですチャ」と県警救助隊員、我々共々に、胸をなでおろす。
「オラ達ヘリで帰えれるチャー、気つけて行かれ」。と笑みが戻った。
なお、早乙女(企画)及び本山行の計画は、本会関係者の機転で、上市署に提出済み。


以上  →早乙女岳2002