富山ハイキングクラブ(自主企画)
横 岳
2002年4月14日(日)
<参加者> 波間(L) 松崎(SL) 浅野(弘)久保田 川口 仲井 粟田 柴田(健) 猪谷 大浦 10名
<感想:柴田><撮影コメント:波間>
横岳への宿願を果たす(感想)
柴田健次郎
横岳にはこだわりがある。それは、かつての同僚で山岳部の顧問として一緒に行動した
故山崎秀直さんが、大変こだわりを持って登った山だからだ。
その紀行文は「越中の百山」(北日本新聞社刊)に収められている。
また、「とやま山歩き」の旧版に山岳写真家の高見源彰さんが「横岳と山崎先生の思い出」
と題したエッセイを載せている。ちなみに、映画「釣りばか日誌」の本木克英監督は高校時代、
山岳部に所属し、山崎さんの薫陶を受けた。
そのころの思い出を、「『山猿先生』へのオマージュ」と題して、「神通中学・富山中部高校80
年のあゆみ」に書いている。
というわけで、一度はどうしてもという気持ちが強く、昨年、雪が少なくて、藪こぎが大変だ
からと、突坂山に変更になった、横岳にリベンジした。
心配していた藪こぎは杞憂に過ぎなかった。鉈を用意しなければと、しきりに主張した“藪
こぎ恐怖症患者”も登り始めると、すぐに治った。いつも思うのだが、山はよほどのことがない
限り、来てみるものである。これは山に限らないが。
残雪が結構多く、ブナ林の中のブッシュを時々掻き分けて進む程度で、1120メートルのピー
クあたりから白樺林が続き、雪はたっぷり残っている。県境の稜線に出ると、気温が上がって
いるので、雪は腐って少々重いが、かんじきをつける必要はなく、つぼ足の快適な稜線歩きが
続く。広々とした尾根はまさに「たおやかな」という形容詞がぴったり。
1520メートル地点で、下山してきた若い二人に出会う。山想会のメンバーだとのこと。
とやまHCのパーティだと自己紹介し、ホームページを開いていることを知らせる。
頂上には、予定より2時間近く早く、11過ぎに着く。360度の大パノラマ。右手の笠ケ岳から
始まって、黒部五郎、薬師と続き、東笠、西笠は左手・指呼の間に望まれる。新庄さんに連れ
られて、2年前、それこそ、本格的な藪こぎをして登ったのが思い出される。粟田さんが、猪谷
さんにメモを渡す。25周年記念クラブ愛唱歌への応募だ。
「青い雪原 ガスが去り あらわれたのは白いハンサムの山々」。即興だとのこと。
下りは少々ルートを変えて大多和集落跡に出る。心地よい春風に吹かれながら小憩。しばし、
大多田和峠を越えて有峰に入った昔の人々をしのんだ。
宿願を果たし、すっかりご機嫌になって、りんりんでミーティングの後、帰路についた。
※会報への正式な記録・感想は仲井さんが書きます。
<撮影コメント:波間>
心配した急斜面の藪もなんとか体力を消耗しないで、1150mで雪原にはいり、
あとはつぼ足で白い緩慢な尾根をただひたすら頂上を目指し、
8時20分登山口発、11時40分ごろ全員ピークに達した。
あれが薬師、あれが北のまた岳、あれが黒部五郎岳

おなじみの強力メンバー

西笠山 東笠山

以上